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zoom RSS 多摩モデル製 西武701系を作る!(その1)

<<   作成日時 : 2016/10/10 00:06   >>

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 ホントに性懲りもなく仕掛品を作り続けるシリーズの新作。
 西武501系(三代目)もまだできていないのに、またまたキットの箱を開けちゃいました。

 仲間内で西武701系グループの車両の競作を始めていますが、作品のエントリーを整理したところ、概ね狙い通り(?)701系冷改車のバリエーションは網羅されていてひとまずホッとしたところです。

 抜けていたのが1979年度冷改車と1982年度冷改車。前者は客扉の窓がHゴム支持ながらモハ偶数車の屋根上レイアウトが新しくなったグループ、後者は冷改最終年度のもので、ステンレスキセのCU72C型クーラーとBLMGが採用されたグループです。一方で実車は3編成しかない501系が二人エントリーしているという状態でしたので、見た目のバリエーションを優先して501系は1本でいいので701系冷改車のバリエーションを増やしたいと思ったのでした。

 製作者の人数もスケジュールなどにも限りがありますので、701系で増やすとしたら1980・81年度冷改車と外観が似通っている1982年度冷改車よりは、Hゴムドアに新屋根上レイアウトという、外観的にも希少なグループとなった1979年度冷改車に軍配が上がるのは当然と言えましょう。
 というわけで、501系の製作は中断して、701系1979年度冷改車を大急ぎで仕上げることにしたわけです。

 この競作自体は来年まで続く息の長いものなので、最終的には501系もちゃんと作りますが、第1回〆切が11月末に迫っていますので、まずは701系優先で進めます。

 前置きが長くなりましたが、まずはこのグループの実車を写真で眺めてみましょう。

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【クハ1745 1994.3.29 多磨墓地前】
 1978年度冷改車とほとんど同じ外観なのですが、冷改当初から乗務員扉がバランサー付き小窓のタイプに取り替えられていたことが特徴です。739F〜745Fの4連4本しかいない希少なグループです。
 電気連結器のない姿は多摩川線運用車の特徴でした。
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【モハ745 1994.3.29 多磨墓地前】
 モハ奇数車も1978年度冷改車と外観は同一で、クーラー脇のランボードが当初から脚付きのものでした。
 クーラーは本来鋼鈑キセのCU72Bですが、撮影時点ではCU72Cに振り替えられていました。
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【モハ746 1994.3.29 多磨墓地前】
 1979年度冷改車の特徴を最もよく表しているのがモハ偶数車。
 客扉のガラスはHゴム支持のままですが、屋根上は既設パンタ周りも含めて一から作り直してレイアウトが一新されたことが特徴です。客扉のガラス支持方式が金具押さえ面方式に変更された、翌1980年度冷改車への過渡的な形態です。
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【クハ1746 1994.3.29 多磨墓地前】
 この車もクーラーは本来鋼鈑キセのCU72Bですが、撮影時点ではCU72Cに振り替えられていました。この時期の745Fのクーラーはは1両おきに交互にCU72B・C・B・Cとなっていて、見た目が面白いものでした。
 冷改時のCPはAK-3型でしたが、19871983年4月にHB2000型に取り替えられています。
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【クハ1745 1990.8.19東村山】
 745Fは早くから多摩川線対応車となっており、本線で電連を装備している姿にはなかなかお目にかかれませんでした。1992年3月の全検で屋根と床下のグレーが濃くなる前の姿です。
 多摩川線運用車は、なぜか足回りが茶色く汚れていて、黒っぽく汚れる本線運用車とは雰囲気が違って見えたものです。

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 そんなわけで、多摩川線時代末期の745F(先に示した写真の形態)を再現するべくキットを開封。
 多摩モデルのキットは銀河モデル直販(通販)が基本でしたが、ごく少数問屋を介して模型店に流通したものがありました。白い部分がやたらと目立つパッケージが特徴で、どういうわけか別売りのはずのGM国鉄101系の屋根が4枚封入されていました。床板が含まれていないのが謎なのですが、正面を流用する西武101系キットのものを使えということなのでしょう。

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 701系冷改車の妻面ステップの配置はなかなか複雑なので、間違えないように実車の写真をよく見て落書きを作成。これを見ながら、ボナの401系妻板をテンプレート代わりにステップの取り付け穴を開け、窓サッシをハンダ付けして妻板を組んでしまいます。
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 窓サッシをハンダ付け後、塞がってしまったステップの取り付け穴を開け直しておきました。

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 あまり時間もないので、サクサクと車体をハンダで組み立てて箱にしました。ここまでで約半日。
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 基本的には内張りの接着剤流し穴にハンダを流して組んでいますが、幕板部分にハンダを流す穴がないので、黄色い矢印で示した雨樋部分からハンダを少量流して強度を確保。
 また、扉開口部の裾が細くて曲がりやすいので、板の合わせ目(黄色矢印)にハンダを流して補強しておくとしっかりしたものになります。

 今日はここまでで終了。
 明日は屋根と正面を取り付けて何とか箱の状態にしたいと思っています。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。今夜もお邪魔致します。

クハ1746のCP変更時期を1987年4月と解説されておられますが、「私鉄の車両6西武鉄道」(飯島巌/町田浩一/荒川好夫 保育社 昭和60年)を見ますと、701系のAK3装備はその時点で
クハ1701・1702・1707・1708・1768〜1772・1776・1778・1784
となっております。
管理人様も「西武5000系“レッドアロー”を再検証する。」の記事で触れておられます通り、出版物は必ずしも正しくない事も有る事は当方も存じておりますが、同書の諸元表にも誤りは見られたのでしょうか。
まだ無い
2016/10/29 22:49
まだ無いさん、おはようございます。
貴重で興味深いコメントを数多くお寄せくださり、どうもありがとうございます。

1746のCP換装時期は当方の完全な勘違いでして、87年ではなく83年の誤りです。ご指摘に感謝いたしますとともに、お詫びして訂正いたします。

701系冷改車のCP換装は1983〜85年ごろに盛んに行われましたが、全編成に及ぶことはなく、最終的に貴殿が記載してくださった車両がAK-3のまま残りました。
興味深いのが譲渡車で、三岐に行った1780と伊豆箱根に行った1736は譲渡竣工時にわざわざAK-3に再換装されており、さらに伊豆箱根の3両は末期はHB2000になっていました。
ヤマシタ
2016/10/30 08:08
お調べ頂きまして有難う御座います。

以前にもお伝え申し上げましたが、私は主に池袋線利用であった為、701系列について十分には調べることが出来ませんでした。前半の冷改車はAK-3であると思っていたものが、後に801F・803Fや745F・781Fに乗ったらHB-2000CBになっていて、?、の有様でした。同系のCP換装が行われいてる事を知らなかったのです。

ところで707FがAK-3であったと言う事は、冷改時にHB2000CBとなったのはどの編成からなのでしょう?
まだ無い
2016/11/03 16:14
冷改時からHB2000だったのは昭和56年度冷改車のグループからです。すなわち709F以降の6連からです。
当時、子供のくせに(!)AK-3の音が好きだったので、701系が全検入場するたびに一喜一憂していたことを思い出します。CPを交換する・しないの線引きは何だったのか、本当に不思議でした。
ヤマシタ
2016/11/03 20:41

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